朝ドラの街・甲賀のもうひとつの顔
たぬきの置物でおなじみの陶芸の街・信楽が舞台となり、NHK朝ドラ『スカーレット』でも注目を集める、滋賀県甲賀市。
2004年に旧甲賀郡の5町(水口町、土山町、甲賀町、甲南町、信楽町)が合併して誕生したこの街は、実は日系ブラジル人をはじめとした外国人が多く暮らす地域という横顔も持っています。
▲まずは地図で位置関係をチェック。新幹線に乗ると米原⇄京都間の車窓からたくさん工場が見えますよね?
ブラジリアンタウンと言うと、大手自動車メーカー・SUBARUの工場などがある群馬県太田市、隣接する伊勢崎市やその周辺、またスズキ自動車やYAMAHAなどがある静岡県浜松市周辺が広く知られていますが、琵琶湖の東岸一帯もまた、食品系・繊維系メーカーの大規模工場が点在する一大工場地帯。
昨年10月時点の統計によると、甲賀市とその北側で隣接する湖南市、日野町の3市町の外国人居住者は7,613人で、そのうち3,310人がブラジル国籍。滋賀県全体のブラジル人居住者は約8,500人とのことなので、実に40%弱がこの地域に集中している計算です。
今回はそんな甲賀市の中心部、旧・水口(みなくち)町でぶらり途中下車。昨秋、オープンしたばかりの本格ブラジル料理のお店で異文化交流をしてきました。
新米店長はブラジリアン柔術女子
向かった先は、15歳のときから日本で暮らす日系3世、エリカ・サジキさんが店長を務めるブラジル料理レストラン「ブラザーフード」。日本にもすっかり浸透しつつある、かのブラジル式BBQ「シュラスコ」が気軽に楽しめるお店です。
ちなみに、現在26歳のエリカさんは、来日後から始めた柔術で関節技を極める魅力にドハマり。いまでは、主に関西で興行しているMMA団体「WARDOG CAGE FIGHT」の現役チャンピオンとしても活躍する、ガチもんの柔術女子だったりもするので、なかなかタダモノではありません。
▲格闘技を始めたのは7歳年上の実兄の影響。ブラジルにいた頃は「サッカー選手が夢だった」
▲まだ非接触ICにも未対応なカタい紙の切符とレトロな車輌がグッとくる、近江鉄道の最寄り駅・水口城南駅。実は西武鉄道グループの一員です
▲かつては交通の要衝で東海道50番目の宿場町・水口宿として栄えました
▲結局1回しか使われなかった、絢爛豪華な将軍専用御殿があった水口城跡も近くに
本格シュラスコが60分食べ放題!
……と、水口がいかに歴史ある街であるかの説明はこれくらいにして、さっそく店内に入ります。
料金は、大人2,500円/小学生以下1,800円で60分食べ放題(税別)。平日にはリーズナブルなランチの設定もあり、ふだんから「60分きっかりで区切るようなことはしていない」とのこと。そのあたりからも、都心のお店にはない大らかさを感じます。
肉以外の料理は自分で好きなものを選ぶビュッフェスタイルで、カウンターにはサラダや豆料理、デザートなど、常時8品ほどがズラリ。ご飯もインディカ米と日本米の2種類が用意されているので、「パラパラなのはちょっと……」という人にも安心です。
▲手前のきな粉のようなパウダーは、キャッサバ粉をカリカリに炒めた「ファロファ」と呼ばれるブラジル式のふりかけ。手軽に“味変”が楽しめる
▲黒いカリオカ豆を煮込んだ「フェイジョアーダ」。インディカ米を炊きこんだご飯「アホース」と一緒に食べるのがスタンダード。カレーのように辛くはない
▲日本人好みのつけ合わせも常備
治安の悪いブラジルから第二の故郷・滋賀へ
前述のとおり、エリカさんが日本で暮らすようになったのは、いまからおよそ11年前。
先に出稼ぎに来ていたお父さん・マリオさんがあとから家族を呼びよせる格好で、滋賀を一家5人の「第二の故郷」にすることを決めたそう。
マリオさん:もともと住んでいたのはサンパウロ州でも田舎のほう。治安が悪くて危険も多いし、ロクな仕事もないところでね。それならいっそ日本で一緒に暮らしたほうがいいなって。それで家族も呼ぶことにしたんです。
マリオさんは現在、平日は他の仕事に携わっている。お店は厨房全般を担当する奥さんのオデリアさんとエリカさんが切り盛りし、仕事が休みの日だけこうしてそろいのTシャツを着て手伝いに出ているのだという。
マリオさん:最近は外国人労働者が問題になることも多いけど、私自身はとくに不満はないんです。ちゃんと生活できるぐらいのお金はもらえてますし、待遇も悪くない。ブラジル人だからって嫌な思いをさせられることも、これまでほとんどなかったですから。
東京五輪を目前に控えるいま、技能実習制度に代表される外国人労働者の劣悪な労働環境を見聞きする機会も少なくない。だが一方では、マリオさん一家のようにしっかり日本に根を張り、幸せに暮らす外国人の家族がいることもまた事実。
ここは「外国人労働者」とひとくくりにせず、ぼくら日本人の側も、それぞれにある個々の生活に目を向ける視点を持ったほうがよさそうです。
▲日本語での会話に不慣れなエリカさんに代わって、取材ではマリオさんが通訳に
肉、肉、肉の怒濤のラッシュ
そうこうするうちに、いよいよクシに刺さった豪快なかたまり肉がテーブルへと到着。目のまえで切りだしてくれるお肉を、欲しいぶんだけチョイスしていきます。
ご存じの方も多いと思いますが、この豪快すぎるビジュアルこそがシュラスコの醍醐味。炭火でジュージューやる焼肉とはまた違った「おれ、いま肉食ってる!」感がたまりません。
▲メイン写真にも使ったシュラスコの代名詞「ピカーニャ」。日本でも牛1頭からわずかしか取れない腰まわりの稀少部位「イチボ」として有名です
▲「ペルニウ・デ・ポルコ」は豚のもも肉
▲食べたいお肉はトングで好きなだけ取ってOK
▲牛の腰から尻にかけての「アルカトラ」は「ランプステーキ」としてもおなじみ
「シンドイけど、楽しい」
一方、お店を開くまではお父さんと同じ職場で働いていたというエリカさん。もともとシャイな性格でもあり、接客をするのは「初めての経験」です。
▲慣れた手つきで肉をさばくエリカ店長。それまで料理は「ほぼ未経験」だったとか
開店してからは、料理の仕込みのために朝4時に起きて、22時頃まで働く毎日。そんな多忙な日々に「メチャ、シンドイ」と苦笑いしつつも、「充実しているし、楽しい」と話します。
▲形がバナナに似ていることから、そう呼ばれる「バナニーニャ」は牛バラのかたまり!
▲「クピン」は牛のこぶ肉
▲「コステラ・デ・ポルコ」は豚バラ
▲専用のオーブンで焼きあがったばかりの手羽先「アサ・デ・フランゴ」も
▲ブラジル伝統のコロッケ「コシーニャ」はポピュラーな家庭料理のひとつ。まさに、おふくろの味!!
▲別料金を払えば、サーロインステーキを焼いてもらうことも可能
リーマンショックが引き金に
この地域にも過去にはブラジル料理店が数軒あったようですが、2008年に起きた「リーマン・ショック」のあおりを受けて、多くのブラジル人が本国へと帰国。実質的に「外国人だけ」を顧客にしていたそれらのお店も軒並み閉店してしまったそう。
それだけに、この「ブラザーフード」は、地域に根づくブラジル人コミュニティにとっても、約10年ぶりにできた憩いの場。訪れたのが休日の昼下がりだったこともあり、店内は日本語とポルトガル語が入りまじる陽気な談話室と化していたのでした。
▲ランチ会の真っ最中だったご近所さんのご一行。撮影も陽気に快諾してくれた
格闘家でもあるエリカさんの次なる夢は、自分のような女子の格闘家・柔術家を育てるトレーナーになること。その夢を叶えるためにも、当分は二足のわらじで、拠点となるこのお店を家族で盛りたてていくつもりです。
※ちなみに、シュラスコの〆としておなじみ、焼きパイナップル=アバカシも、同店にはもちろんあります。が、片っ端から食べながら撮影していたので、途中でお腹がギブアップ。そこまでたどり着かなかったのでした……。
▲同門の先輩にして実業家でもある神野翼さん(右から2人目)が開店を後押し。ジムのある拠点の大阪・高槻から、お店にも頻繁に顔を出す
外国人の暮らしにマストなお店も
ところで、「ブラザーフード」で使われているお肉の仕入れ先ともなっているのが、車で数分の場所にあるこのお店。「ポント バー」というよろず屋さんです。
▲「リカーランド 酒楽」の名は世を凌ぐ仮の姿……
▲お店を切り盛りするのはルイズ・マルヤマさん、クラウジアさんご夫妻
くだんのリーマン・ショックが直撃した08年のオープン以来、夫婦二人三脚で守ってきたというこのお店は、おふたりの母国であるブラジル、ペルーからベトナム、フィリピンまで、あらゆる国の食材・日用品を取りそろえる“よろず”っぷり。
異国で暮らす外国人の気持ちが誰よりわかるおふたりの奮闘も相まって、いまでは近隣のみならず滋賀で生活する外国人たちにとっても欠かせない“台所”として、広く親しまれているのです。
▲肉は巨大なブロックから、スーパーでよく見るサイズまで種類も豊富
▲稀少部位のイチボも100gで189円という激安ぶり!!
朝ドラのおかげで、知名度も急上昇中の滋賀・甲賀。ドラマを観て、信楽焼の里やロケ地に行ってみようと思い立ったみなさんには、同じ市内の水口町界隈にも足を運んでみることをオススメします。
日本にいながら、地球の反対側を身近に味わうことのできる本格シュラスコと、そこに息づく異国情緒。これを味わわない手はないですよ?
お店情報
ブラザーフード
住所:滋賀県甲賀市水口町城内4191
電話番号:0748-76-3197
営業時間:17:00〜21:00
料金:大人2,500円・小学生以下1,800円(税別)、平日限定ランチ 11:00〜14:30、大人2,000円・小学生以下1,000円(税別)
定休日: 水曜日
書いた人:鈴木長月
1979年、大阪府生まれ。関西学院大学卒。実話誌の編集を経て、ライターとして独立。現在は、スポーツや映画をはじめ、サブカルチャー的なあらゆる分野で雑文・駄文を書き散らす日々。野球は大の千葉ロッテファン。
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January 31, 2020 at 07:30AM
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